日本の資本主義経済社会や中国の富裕政策に、確かに問題があるのかもしれません。しかし日本の社会は充分に成熟し、世界のトップクラスです。企業が利潤を創造して行くことは大切です。その利潤の還元は一義にスタッフやより良い環境整備に充てられます。そして税金として社会へ収められます。
暴利で悪戯に、今日のお客様をそう簡単に欺けることができるでしょうか?お客様は私たちよりもヘビーユーザーです。そして一番身近なお客様は、その会社のスタッフです。スタッフが買わない商品を誰が買うでしょうか?またそのスタッフも真摯な気持で営業が出来るでしょうか?決して出来ないはずです。
事業を営もうとするとき、誰もがみんな「儲けたい・・・」ではなく、「悦んでいただきたい」との一心でスタートするはずです。一時の間違った考えで、事業を断念する、一生を棒に振る・・・。
~~~私は不思議でならない~~~
2008-01-31 16:00:55
「食在広州」(広東省広州市)ってよく耳にする言葉です。広州市は中華人民共和国の南部に位置する港湾都市です。古代から南海貿易の中心地として発展し、海禁政策を採った明時代でも広州は対外開放されて欧米諸国と広東貿易が盛んに行われ、近くの香港・マカオなどの存在によっても色々な文化や物資などが沢山入ってきました。そのような時代背景と海辺に近く、野菜の生育に適した南亜熱帯海洋性季風気候も手伝って、今日の中国料理を代表する広東料理が生まれたのです。そして世界中にもっとも広まった中華料理です。調理上の特徴は、野菜などの持ち味を生かした、薄味の炒めものが基本です。また海鮮や米を多く使った料理がポピュラーです。~~~上記のように海外との料理の交流もあり、西洋料理やインド料理、マレーシア料理などの技法が持ち込まれています。西洋のクリーム煮や海老のすり身をパンに挟み揚げたものや、タルトのような菓子類、中華風ビーフステーキなどの折衷料理が生まれました。カレー粉やトマトケチャップ、バーベキューソースなどの各国の調味料も積極的に使われてきました。ですから広東料理は奥深く、日本人の口に一番合うと言われているのです。春陽楼では、伝統的な広東料理と、更にもっと日本の繊細なテイストを季節と共に織り込んで参りたいと日々励んでおります。
2008-01-24 13:23:02
”お知らせ”でも書きましたように明治5年1月24日に明治天皇が初めて牛肉を食べられてから、広く国民にまで肉食文化が浸透していきました。それでは、日本人はいままで肉食をしていなかったのかと言いますと、そうではありません。縄文時代の貝塚には、熊・鹿・猪・兎・狸などの骨が出土しており、稲作が盛んになっても動物の肉を食べていたそうです。ところが675年、仏教信仰に熱心だった天武天皇が「殺生禁断の詔」を出されてから以降、また1687年徳川綱吉の「生類憐みの令」より、千数百年にわたって、肉食が忌避され続けたのです。~~~しかしこの史実にも裏があります。牛や馬、犬、猿、鶏は禁じられていましたが、鹿・猪・カモシカ・熊などは「山肉」と称して食べてもよいとされていました。最もその獣肉は病人の体力回復とか健康維持のため、薬の代わりとして食べられていたようです。~~~そのような時代背景の中でも、江戸時代の彦根藩は全国でも唯一牛の堵殺(とさつ)を許されていました。その理由は出陣する時の陣太鼓の皮を採るためでした。しかもその革は、柔らかく伸びの良い、傷のない腹皮に限られていました。その牛は、雌(メス)で交配経験のない未経産でした。・・・
牛の肉は、「味噌漬け」や寒干しにされた「反本丸」と称し、養老の媚薬として将軍家や親藩に贈られたのです。薬種として牛肉が食べられていたのです。彦根の牛肉は美味で滋養に富むと評判高くなんと赤穂浪士の大石内蔵介も贈答用に用いていたそうです。今日の美味い牛肉として誉れ高い近江牛肉のブランドはその頃から既に築かれていたのです。
この彦根藩の牛が、私たちの自慢できる近江牛であり、そのルーツです。
~~~一方、安土桃山時代の戦国武将蒲生氏郷の出生地、近江国日野蒲生は屈強な牛の産地として有名で、氏郷はここに楽市楽座を置き、商工業を発展させ敏腕な「近江商人」を誕生させたとも言われました。後に南伊勢にも移り住み、松阪の城下町を形成しました。そして日野町から自らが育成した商工業者を多く呼び寄せ、ここでも楽市楽座を開き「松阪牛」や「伊勢商人」の育成にも大きく関与したことは予想に難くありません。またその後、黒川(会津若松)の城下町を築きました。会津の『あかべこ』もその所以があるのでしょうか?氏郷は牛肉食文化の普及には貢献が大きかったようです。1858年日米修好通商条約締結後に食肉を必要とするアメリカ人からの要請で近江牛や松阪牛が神戸港から運ばれていました。その後に神戸牛が誕生するのです。
~~~明治の文明開化の下で、食の洋風化も進み福沢諭吉は学問だけではなく、人間にとって肉食の重要性も説かれていました。

ここ150年ほどで、食肉の文化は急激に発展し、牛肉の料理のバリエーションには目を見張るものがあります。すき焼きしゃぶしゃぶなどは日本の箸文化の象徴的なものですね。

長文になってしまいました。読み辛くってスイマセン。
2008-01-19 12:07:56
新年明けましておめでとうございます。昨年は彦根も築城400年祭で盛り上がり、お陰さまで多くのお客様で街中は賑わうことができました。本当にありがとうございました。~~~本年2008年は、北京オリンピックが開催される年でもありますが、日米修好通商条約締結150周年という日本にとっても記念すべき年にも当たります。開国の礎「井伊直弼公」の英断と功績であろうと信じております。色々な意見はありますが、私たち彦根市民にとっては大きな誇りです。 
横浜港には”ペリーの大予言”と記された石碑が建立されてあります。そのおおまかな内容は~~~「鎖国をしていて最新の技術のない小さな国であるにもかかわらず、手先だけでこれだけで器用に工業の発展を遂げている。~~~(中略)いずれ日本が世界を知った時、我々を脅かす工業国となるだろう。」と書かれています。日本が今日のようにGDPやGNPを世界のトップレベルになれたのも開国と通商条約があったからでしょう。
その直弼の偉業を称えて、今年も彦根から発信をします。どうぞご期待下さい。昨年に引き続き歴史を知らなかった私でさえ興味のある年になりそうです。
最後になってしまいましたが、どうぞ本年もよろしく願い致します。そして皆さまにとっても、輝かしい年になりますことを心より祈念しております。
写真は木田美千代さんから毎年頂いている木目込み人形です。

2008-01-01 18:30:04
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