私事で恐縮ですが、先日娘に二人目の子供が産まれました。本人は当初から普通分娩を望み、ひとり目もふたり目も助産院でお世話になりました。普段は頼りない子供と思っていましたが、何とたくましいな~とさえ感じました。
ひとり目のときのことです。
家内も娘の亭主も出産に立ち会うことができ、無事、健康な子供(孫)を授かることができました。私は立ち会ってもいませんし、普通分娩がどのようなことかは知りませんが、産まれてきた時、子供にはまったく血が付いていない状態だったそうです。家内もびっくりしていましたから、それが普通分娩の特徴でいいところなのでしょう。そしてその次の瞬間、子供の後から出てきた胎盤(家内が言うにはそれも全く美しく、血が少しも付いていない状態)を1センチ程度の角切りにされ、「・・・・・・・、お母さん、食べてみますか?」 娘も娘の亭主も何の抵抗もなしに口に入れ、家内はまたびっくりして、あれよあれよと思っている矢先、「おばあちゃんも食べてみますか?」と言われ、娘や娘の亭主の前で自分だけ”要りません”とも言えず、可愛い孫のこと、思い切って食べたそうです。そのときの感想は・・・、「無臭でさっぱり?あっさり? 普通に食べられた。」でした。聞いた私のほうが卒倒しそうでした。その事実を、親しい周囲の人に話してみると、「え~!?」とか「ウソ~!?」とかひどい表現だと「ぎゃ~!」でしたが、でもなかには「へぇ~なるほどね!」とか「知ってるよ。」と言う人もいました。
ふたり目が産まれたことによって、この胎盤のことを調べてみました。
最近の若い女性たちの間では、普通分娩で出産する傾向が多くなってきていて、またヒト胎盤をエキス化して注射剤にしたものが肝臓病や婦人科疾患の治療を目的としていることや、実際にはアンチ・エイジングというような美容目的や健康目的にこれを使用するケースが多くなってきている事実のあるからでしょう。
=”健康に良いと考えて、産婦自身や家族が産後に胎盤を食べる胎盤食の文化が世界各地で見られる。生食であったり簡単な調理をしたり様々である”(抜粋:文)=とも書かれていました。 一方ではやはり敬遠する動きも強いようです。
良い悪いは別としても、家族のつながりは間違いなく強くなるでしょう。そして別な表現をすれば生命の輪廻転生かも知れない。新たな命の誕生や、生命の連続は私たちを摩訶不思議な世界に導いているのではないでしょうか。
ひとり目のときのことです。
家内も娘の亭主も出産に立ち会うことができ、無事、健康な子供(孫)を授かることができました。私は立ち会ってもいませんし、普通分娩がどのようなことかは知りませんが、産まれてきた時、子供にはまったく血が付いていない状態だったそうです。家内もびっくりしていましたから、それが普通分娩の特徴でいいところなのでしょう。そしてその次の瞬間、子供の後から出てきた胎盤(家内が言うにはそれも全く美しく、血が少しも付いていない状態)を1センチ程度の角切りにされ、「・・・・・・・、お母さん、食べてみますか?」 娘も娘の亭主も何の抵抗もなしに口に入れ、家内はまたびっくりして、あれよあれよと思っている矢先、「おばあちゃんも食べてみますか?」と言われ、娘や娘の亭主の前で自分だけ”要りません”とも言えず、可愛い孫のこと、思い切って食べたそうです。そのときの感想は・・・、「無臭でさっぱり?あっさり? 普通に食べられた。」でした。聞いた私のほうが卒倒しそうでした。その事実を、親しい周囲の人に話してみると、「え~!?」とか「ウソ~!?」とかひどい表現だと「ぎゃ~!」でしたが、でもなかには「へぇ~なるほどね!」とか「知ってるよ。」と言う人もいました。
ふたり目が産まれたことによって、この胎盤のことを調べてみました。
最近の若い女性たちの間では、普通分娩で出産する傾向が多くなってきていて、またヒト胎盤をエキス化して注射剤にしたものが肝臓病や婦人科疾患の治療を目的としていることや、実際にはアンチ・エイジングというような美容目的や健康目的にこれを使用するケースが多くなってきている事実のあるからでしょう。
=”健康に良いと考えて、産婦自身や家族が産後に胎盤を食べる胎盤食の文化が世界各地で見られる。生食であったり簡単な調理をしたり様々である”(抜粋:文)=とも書かれていました。 一方ではやはり敬遠する動きも強いようです。
良い悪いは別としても、家族のつながりは間違いなく強くなるでしょう。そして別な表現をすれば生命の輪廻転生かも知れない。新たな命の誕生や、生命の連続は私たちを摩訶不思議な世界に導いているのではないでしょうか。
2008-07-20 15:57:57

