公務員改革と行政改革。表裏一体の問題ですね。
ここ頻繁に”天下り”と”渡り”問題がメディアを賑わし、定年後の一個人の身の処し方に、とやかく議論が沸き起こっています。確かに、定年後の心配をせずに、まして以上の所得まで確保される、院政には大きな問題があると思います。しかもその組織は、公益法人で国民の税金を投入された補助金で賄われているからです。
 今どこの都市でも、市有財産や施設は、”指定管理者制度”という名目の下に民間に運営委譲が行われ、過去のような無駄な補助金が縮小されていっております。地方では改革が進みつつありますが、当の中央官僚や行政府では遅々と「権益」の保護と確保に躍起になっているのが、不思議な現象です。
 ”天下り”と”渡り”の本質ですが、私は基本的にはOKです。なぜなら、定年後に積み重ねてきた有益な経験知を生かすことは、社会にとってまだまだ必要と思うからです。誰しもが、定年を迎えれば同じことを思うのではないでしょうか?
 問題なのは、そのOBの院政と年収にあるのではないでしょうか?米国の自動車産業の大手が死活問題で国から再生のための税金の投入を願い出ているときに、GMの経営最高顧問は自家用のジェット機でワシントンにまで飛ばしました。しかもその経営者の年収はとてつもなく取り続けていたそうです。大統領からの通達で政府は、年収制限をかけました。~~~当たり前のことです。
日本でもそのような仕組みを考えれば、いいことなのではないでしょうか?
彼らは確かに、人一倍の努力を積み勉強と学習をしながら、国家の中枢で私たちの知らない知識と知恵を学んできました。その経験知は、一企業にとって必要であれば、定年後であっても還元すべきです。企業社会にとっても有益な知恵は、利益誘導に結びつく大切なものです。
 ただ、一企業の有益性が社会悪を生んではならないことを、制度として戒めることを考えるべきでしょう。
間違ってはいないと思うのですが・・・。